2025/6/9

文化庁認定の「100年フード」に選定。

文化庁認定の「100年フード」に選定

100年フードに選定! 東三河の皆様に愛され続けてきた「豊橋ちくわ」の歴史

本年三月文化庁より、「豊橋ちくわが、100年フード」に選定されましたと連絡がありました。「あと2年で創業200年というのに、100年フードとはどういうこと?」と思われる方もいらっしゃいますよね。100年フードとは、文化庁が認定する資格です。日本の多様な食文化の継承振興の機運を釀成することが目的。それそれの地域で、世代を超えて受け継がれてきた食文化が「100年フード」と名付けられ、次代へ継承されていくことを目指すものです。

というわけで、200年ではなく100年です。豊橋ちくわが100年フードに選定されて、とても嬉しいです。地元豊橋東三河の皆様に、ちくわ大好き! と永年食べて頂いてきたことがなくしては選定されません。改めて感謝申し上げます。1827年ヤマサちくわの初代佐藤善作が、四国金毘羅宮の参内をきっかけに竹輪づくりに取り組み誕生したのが「豊橋ちくわの始まり」です。創業の地が東海道の宿場町城下町の吉田(今の豊橋)という恵まれた条件もあり、おいしさは東海道で評判となり、塩の道で南信州にも伝わりました。

江戸から明治、大正、昭和へと、お弟子たちが独立し、のれん分けの様にしてちくわ屋さんが増えていきました。人々のちくわに対する親近感が高まり地場産業と呼ばれるようになりました。私が小学校の頃、ヤマサちくわ本店のある豊橋市魚町にはちくわ屋さんが5軒もありました。全国的には練り製品のお店は、蒲鉾屋さんと呼ばれるところが多いのですが、豊橋はちくわ屋さんと呼ばれました。始まりがちくわだからですかね。当社の社名がまさにそれ「ヤマサちくわ」です。

豊橋ちくわのスタイルが全国に。伝統と美味しいを大切に、未来に向けてさらなる発展を!

日本中の商店街が元気だった頃までは、たくさんのちくわ屋さんが存在しましたが、流通の激変・原材料の確保の難しさなどがあり、現在は豊橋のちくわ屋さんは5軒あるかないか。とても残念です。ちくわの真ん中が赤褐色に焼け両端が少し白く焼き色がつかないようにしているスタイルは、豊橋ちくわ特有のものです。今では竹輪と言えばこのスタイルが一般的です。カッコよいから真似された! またちくわの焼き色が濃くてつややかなのが特徴です。ヤマサちくわとして、「地域に根差した伝統食」としてだけでなく、美味しいが第一で選ばれるよう日々の努力を続けてまいります。改めて100年フードに選定されるという事は、これまでの歴史を大切にする事はもちろん、未来に向けて豊橋の100年フードとしてますます美味しいと食べてもらえるように頑張ります。「ちくわの穴から未来が見える!」

七代目 佐藤元英

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